第116回日本眼科学会総会

視線とアートの関係〜見ること、見られること〜

坪田 : 日本眼科学会は、日本の医学会において、最古参ともいえる歴史と伝統のある団体で、今回、私が名誉ある会長を務めさせて頂いて非常に光栄です。その上、今回、世界的に有名な村上隆先生の作品を総会のイメージビジュアルとして使わせていただき、こちらも非常に名誉なことだと思っています。ありがとうございます。
村上 : こちらこそ、ありがとうございます。
坪田 : 村上先生の作品には、「目」が象徴的に描かれることが多いと思うのですが、村上作品において「目」や、「見える」ことの意味について、どのように考えられていますか。
村上 : 奇遇なことなのですが、小さな頃から「目」が沢山ある作品に関心がありました。幼少期に読んだマンガなどの影響もあるのかもしれません。芸術家としての活動を経て思うのは、「目」を描いた作品は非常に西洋の方に人気があるという点です。海外での私の作品の評価は「目」を描いた作品で決まっていると言えると思います。目が描かれた作品の絵の前に立って、人は何を思うのか。私は、人はその作品の前で、己を思うのではないか、「見られている」自分を感じるのではないかと、考えています。
坪田 : なるほど。作品に「見られる」ことで自己を認識すると。
村上 : はい、アーティストが「我思う故に我あり」ということを主張するのではなく、逆に作品に見られることで、「あなたはここにいますよ」ということを表現することを試みています。自己を中心にした西洋人の世界観の中で、自分は見る立場だったのに、絵からウォッチされるという立場をアートに見出したのではないかと思うのです。目を題材にした作品は、自分にとっても実験的な試みだったのですが、実存主義の逆をいくということで、成功したのではないかと考えます。「あなたはここにいます」と作品が訴えるのです。坪田先生から見て、見ること、アートはどういったものだと思いますか?
坪田 : 芸術は癒しの役割だと思っています。医学的にいえば、芸術に触れることで、副交感神経優位になると考えます。今回、いくつかの作品をイメージとしてご提案頂いたのですが、この作品を選ばせて頂いたのは、キャラクターとしてのインパクトの強さ、そしてよく観察していくと、色々な目、花が描かれていてとても楽しいし、いくら見ても飽きないと感じたからです。
村上 : 実は、この絵は、視線がどこに行くのかを考えて構図が組まれているのです。まず、多くの人は左目に目が行きます。その後に、この渦巻のお腹のおへそ辺りへ視線が移り、端にあるピンクなどの強い色が目について、というように、中を見て、外を見るように視線が拡散するように考えています。普通は視線は上から下へと行くところに仕掛けがしてあるのです。
坪田 : このキャラクターが何より好きだったのですが、そう言われてみると、キャラクターを見ながら色々なところに視線が行って、不思議な感覚になるところにも惹かれていたのかもしれません。感覚で見ていたのですが、実は誘導されていたんですね(笑)。


膨大な情報から相応しいアウトプットを 〜芸術と医学の接点〜

坪田 : タイム誌などでも、世界に影響力のある100人に選ばれている村上先生ですが、東京藝術大学では、日本画家を専攻されていたと伺っています。どうして、その後、現代美術の道を選ばれたのですか?
村上 : 日本画を6年やって、博士の学位も取得しているのですが、在籍中に現代美術に専攻をかえたんです。日本画博士号として第1号だったのですが、尊敬する現代美術の先生にお目にかかり、進むべき方向を変えました。
坪田 : 日本画の知識やバックグラウンドを持ちながら、村上作品は生まれる訳ですね。ものすごい情報量の中から、1つの作品を描く方向性を作られていくには、どんな過程があるのか、まったく異なる世界にいると分からないのですが・・。
村上 : 医師も患者の症状を見て、ご自分たちの知識や経験を関連づけて、それはあらゆる情報量の中から、患者の診察をされる訳ですよね。
坪田 : はい。それが、診断ということになると思います。
村上 : 私が坪田先生に最初にお目にかかったのは、頭痛などの酷い不定愁訴に悩んだ末に、たまたま紹介を受けたのが最初でした。私の様々な症状をお話すると、ドライアイではないかということで、検査を受け、すぐにドライアイだと診断していただき、プラグ治療というのをすぐに受けました。帰りには、頭痛が、あっという間になくなり、肩の痛みもとれてしまいました。今まで色々な先生に診ていただいて、きちんとした診断も治療もなく、痛みに苦しんでいたので、本当に先生の慧眼というか、鋭さに驚きました。分野や作業は違いますが、その過程や最後の直感的な部分というのは、非常に近いのではないかと考えたりします。
坪田 : たまたまドライアイが専門でしたので、お役に立てて嬉しいです。芸術でも、医学でも、色々な分野で膨大な情報量から、正しい1つのことを取捨選択して伝えるということは、確かに直感的なことが多いと思います。そして、その直感を活かすには、膨大な知識や経験が必要になるというところは、お互いの世界で共通していますね。今回、「世界に開かれた日眼」というのが総会のテーマなのですが、世界で活躍している村上先生から是非に学びたいと思います。これから世界へ羽ばたく若手眼科医も多いと思うのですが、何かメッセージを頂けますか?
村上 : 世界と一言でいっても、アメリカやヨーロッパ、中東など様々な文化というものがあるので、テクノロジカルなプレゼンテーションの改変というのが必要だと考えています。例えば、私の場合、メディアに出る時の露出の仕方、話す内容などを少しずつ変えています。それは、その文化に届けやすい伝え方があると考えているからです。でも、何よりもやはり、分かりやすさが大切でしょうか。そして、知識と経験に基づいた正しい「直感力」を培ってほしいと考えます。日本で受けるかどうかは別問題として(笑)。



アーティスト 村上 隆 プロフィール
【略歴】
1993年 東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了
1988年 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了
1986年 東京芸術大学美術学部日本画科卒業
【プロフィール】
1962年、東京生まれ。世界で活躍する現代アーティスト。「スーパーフラット」セオリーの発案者としても知られる。パリのルイ・ヴィトンや、ミュージシャンのカニエ・ウェスト等とのコラボレーションの手腕は世界で大きな話題となった。
2007年よりロサンゼルス現代美術館を皮切りにスタートした、世界3カ国4ヶ所を巡回する大規模な回顧展「©MURAKAMI」が、2008年4月ブルックリンミュージアム、10 月フランクフルトMMKを巡回し、2009年2月ビルバオグッゲンハイムをもって完結。他、プンタ・デラ・ドガーナ(ヴェニス)やテート・モダンでの大規模な企画展にも参加。 2009年のTime紙が選ぶ、世界に影響を与える100人の1人に選出された。2010年にベルサイユ宮殿で開催された個展は世界中から注目を集めた。
【受賞歴】
■国内
2003年   第46回FEC賞 特別賞受賞
2004年   コンパニヨン・デュ・ボージョレー騎士号授与
2004年   カルチャー部門『タグ・ホイヤー ビジネス・アワード 2004』受賞(ダイヤモンド社)
2006年   第11回AMDアワード功労賞受賞(Digital Contents of The Year'05)
第56回芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)受賞
2008年   GQ Men of the Year 2008 受賞
■海外
1994-95年   P.S.1 インターナショナル・スタジオ・プログラム(アジアン・カルチュラル・カウンシル)
1998年   客員教授(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 / School of the Arts and Architecture)
2005年   文化芸術賞(ニューヨーク / ジャパン・ソサエティー)
2006年   2006年 「ベスト展覧会」受賞(ニューヨーク / AICA)



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